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できなくてもポジティブ

できなくてもポジティブ

どんな人でも不得意な分野はある。

不得意な分野は気になってしまうんですよね。

私は不得意なことは泳ぐことかな。だから泳げないのはカッコ悪いと言われることもあるんですよね。そう言われるとちょっとだけ悲しくなることもある。

また私はアルコールを受けつけない体なのでお酒が全く飲めません。そうするとお酒を飲める人から人生の半分損をしてるって言われることがあって、周りで楽しそうにお酒を飲んでいる姿を見ているとその楽しみを味わえないのは損なのかな?って思うこともあります。

他にも誰しも不得意な部分って得意な人(できる人)と比べてしまって自分を卑下してしまうことってありますよね。

でもその考えって正しいのかな?って思うことがあるんですよね。

確かにできることは多い方がいいのかもしれない。

学力にしても生活環境にしても周りの人との相対的な比較を行うので、できる人を羨ましく思ってしまうのは仕方がないかもしれない。その比較によって成長しようとする気持ちが働くこともあるので比較することは悪いことではないと思う。

私も泳げたり、お酒を飲めた方が楽しみが増えていいなって思う。

ただそれなら練習した方がいい・・・のかというと私はそうは思わない。

なぜかというと今の自分の環境や時間等のリソースを踏まえるとそういった練習にそれらを配分するのが勿体無いからです。

もちろん自分が出来ないことを修正するというのが大切だと考える人もいるとは思うけど、私はやりたい事をとことんやって自分が成長する方が楽しいからそれがいい。

泳ぐことやお酒を飲むのを楽しいと思っている人からするとそれらをできないことが勿体無いと思うのは理解できるし、仮に泳げたりお酒を飲める人が、泳げなくなることやお酒を飲めなくなるとするとストレスだと思う。でもそれって出来る人から見た相対的な評価で、私は泳ぐこともお酒を飲む楽しみを知らないのでできなくてもストレスを感じることはない。だからそういったことでカッコ悪いとか人生半分損していると言われてもこれらに対する自己評価は全く違っていて、出来ないことを考えても仕方がないから今自分がやりたいことを思いっきりやる方がいいと思っています。

世の中にはいろんな分野で輝いている人がたくさんいます。じゃあそれらの輝いている人が全ての分野で輝いているのかといえば、そうではなくて苦手な部分もあると思う。それならできない部分を考えて悲しんでいるのかといえばそうではないと思う(実際はわからないけど)。時間は有限だから悲しんでいる時間は勿体なくて、少しの時間でも何かを選択してそれに集中しなければ人より輝くことは難しいと思う。

私は泳ぐことが出来ない事やお酒を飲めない分、それらを楽しむ時間を自分がやりたいことを楽しむことができる。だから泳げなくてもお酒を飲めないことを悲しむのではなく選択と集中ができていると思うからそれで満足できます。大切なのはできる人を羨ましく思うより、今ある自分のリソースを生かして何をすればいいのかを考ることだと思う。

人生は他人からの評価ではなく自分がいかに幸せに生きるかが大切。だから私はこれからも好きなことに挑戦していきたい。

もしかしたら自分が何かをできないことで惨めに思っている人がいるかもしれない。でもそれはできないものがあることによって選択肢が減るかもしれないが、その分好きなことに時間を投下することができる。だからそれは惨めなことではないと思う。

できないこともポジティブに。選択と集中はこれからますます重要になってくると思うし、将来を少しでも楽しく生きれるように今の時間の一分一秒を大切に一生懸命に集中した方がいい。

またコロナウイルスで外出制限があってストレスになることが多いけど、その外出制限がある中で何ができるのか?今自分が何をしたいのか?など考えて、家で出来る範囲内でそこに繋がる行動を行い外出制限がなくなった時にすぐに動けるよう準備したい。

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